「下屋敷(しもやしき)」を一言でいうと、江戸時代の武士(主に大名)が持っていた「別荘兼、サブ拠点」のことです。
江戸時代、大きな大名は幕府から江戸に複数の敷地を与えられていました。それらは役割によって「上・中・下」に分かれていたんです。
1. 屋敷の使い分け(上・中・下)
大名は通常、3種類の屋敷を使い分けていました。
| 種類 | 役割 | イメージ |
| 上屋敷 (かみやしき) | 本部・役所 | 殿様が実際に住み、政治を行うメインの場所。 |
| 中屋敷 (なかやしき) | 控え・隠居所 | 跡継ぎや隠居した先代が住む。上屋敷が火事の際の避難先。 |
| 下屋敷 (しもやしき) | 別荘・予備拠点 | 郊外にあり、庭園を楽しんだり、非常用の倉庫にしたりする。 |
2. 下屋敷の主な役割
下屋敷は、都心(江戸城の近く)にある上屋敷とは違い、少し離れた郊外(今の世田谷、目黒、文京区など)にありました。
* リフレッシュの場所: 立派な庭園を造り、のんびり過ごす別荘として使われました。
* 食料基地(家庭菜園): 広い敷地を利用して、自分たちで食べる野菜を育てていることもありました。
* 火事の避難先: 江戸は火事が多かったため、荷物を避難させたり、焼け出された時のシェルターにしたりしました。
* 家族の住まい: 側室(奥さん以外の人)や、大勢の家来の家族を住まわせることもありました。
3. 今でも残る下屋敷の跡
実は、私たちが今「きれいな庭園だな」と思って見ている場所の多くが、かつての下屋敷の跡地です。
港区にも多くの下屋敷があり、有栖川宮記念公園はその1つです。
代表的な他の区の下屋敷
* 新宿御苑: 信州高遠藩・内藤家の下屋敷
* 六義園: 駒込にあった柳沢家の下屋敷
* 浜離宮恩賜庭園: 将軍家の別邸(浜屋敷)
下屋敷は、都会の喧騒や仕事(政治)から離れて、**「ちょっと一息ついたり、万が一に備えたりするための広い別邸」でした。

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