◯奈良時代〜平安時代

8世紀になると、現在の奈良県奈良市に都「平城京」を置く「奈良時代」となり、天皇・貴族を中心とした「天平文化」が花開きます。

それまでの口頭伝承を記した「古事記」、さらには、日本最古の正史である「日本書紀」が編纂され、その中で、天皇の祖先による国家統一の過程が描かれました。

これらは、多くの神々(八百万の神々)が登場する神話を含んだものでしたが、天皇中心の我が国が形成される過程での何らかの史実が背景にあるのではないかとの指摘も数多くされています。

8世紀末に、都は京都の平安京に移され、そこから12世紀末までの時代は、「平安時代」と呼ばれました。以来、とても長い間、京都が日本の政治の中心となり、貴族がその中心的担いました。

一方で、大陸との交流により、様々な仏教の宗派がもたらされ、特に「最澄」と「空海」により伝えられたインドに起源を持つ「密教」が現世利益をもたらすものとして、大きな影響力を持つようになりました。

更に、地方に地盤を持ち、武芸を身に着けた武装集団「武士」が次第に台頭、武士の中でも、天皇の血を引く、平家と源氏が力を持つようになりましたが、関東では平家一門の1人である平将門の乱、源氏一門の源頼朝・源頼朝義家が活躍した東北での前九年の役・後三年の役、源氏と平家の武士団が京都で激突した保元の乱・平治の乱等を経て、武士の力が次第に大きくなります。

★この時代の港区

麻布山善福寺(天長元(824年)年空海により開山)

柳の井戸(善福寺参道。密教を我が国にもたらした僧侶の1人、空海が柳の錫杖を差すと水が湧き出したと伝わる)

麻布氷川神社(平安時代の天慶5年(942年)、源経基が平将門の乱平定のため東征した際に創建されたと言われています)

西久保八幡(寛弘年間(1004ー1012年)、源頼信により霞が関のあたりに創建され、室町時代に太田道灌により飯倉の現在地に遷されたと伝わる。別名飯倉八幡)